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きたじゅん - 受講修了後2

5月15日(金)
「会社の人間関係の振り返り」(設計編)
2010年4月~2013年5月

社会人になって病気で休職するまでの間を改めて振り返ると、自分の悪いクセがたくさん出ていることに気付きました。真学校の日記の中では、職場の人間関係が悪化した後の話を中心に書きましたが、人間関係が悪化するまでの過程(三段階に分けました)を細かく振り返ることがとても重要なポイントだと思いました。なぜなら、1人で悩みを抱え病気になった大元の原因が人間関係の悪化にあると考えているからです。良好な人間関係を築けていれば、たとえ仕事がきつくて体調が悪くなったとしても早く相談でき、休職せずに済んだのではと思います。私は周囲から「よく分からない人」と度々指摘されることがあったので、そのような人間関係しか築けなかった当時の自分を客観的に振り返り、悪い心のクセの奥にある感情を探ってみます。

第一段階として、入社当時の私の仕事に対する姿勢と、上司、先輩に対する態度を振り返ります。仕事に対する姿勢は、「早く仕事を覚えて成果を出す」ことを意識していたのと、残業が多い部署だったので、なるべくムダな時間を減らして効率良く仕事をしようと考えていました。私は5、6歳年上の先輩と上司の3人で一つのプロジェクトを任されていましたが、いつの間にか「自分の作業に没頭して周りを見失いがちになる」という悪いクセにはまってしまいました。仕事を進める上で、最低限のコミュニケーションはとっていましたが、雑談などはほとんどしませんでした。当時は仕事を効率良く進めるつもりで、このような態度で過ごしていましたが、仕事は一人でできるものではなくチームでするものなので、周囲とのコミュニケーションはもっと積極的にとるべきだったと思います。また、仕事を効率良く進めるためというのは建前の理由で、本当は「先輩や上司と仕事以外のことで何を話していいか分からなかったので、仕事に逃げていた」というのが本音でした。私は仕事以外でもこの手の逃げ技をよく使います。人の輪の中にいても何を話していいかわからないときは、ケイタイをさわる、本を読む、ギターを弾く、寝たフリをする(笑)など、いろんな手で逃げてきました。これは自分の本心を隠す行為であり、人付き合いが苦手な人の中には、よく使う人もいると思います。しかし、毎日毎日繰り返すと、相手には「忙しいから近寄ってくるな」という印象を強く与えてしまったのか、仕事中の私に話しかけてくる人はほとんどいませんでした。まず自分から壁を作っていたわけです。そのため、上司や先輩と仕事以外の雑談をすることはほとんどなく、たまに雑談しても上司の冗談にどうリアクションしていいか分からず、「何だ、つまらないヤツだな」とあきれられる始末でした。

その他の仕事に対する姿勢として、失敗を避けるためにいつも正解を求めていたことが挙げられます。特に、仕事に慣れていなかった頃は、自分で考えてもわからないことが多く、自分で作成した図面が正しいかどうか判断できなかったので、こまめに上司に確認を取っていました。最初は細かい所まで教えてもらうことができましたが、時間が経つにつれ、「それくらい自分で考えれば分かるだろう」と注意されることが増えました。しかし、失敗を極端に恐れていたのと早く相談した方が効率的だと思ったので、こまめに質問しに行きましたが、忙しいのか相手にされないことが度々ありました。このようなやりとりを繰り返すうちに私は、「自分は能力がないから嫌われているんだ」と勝手に解釈してしまいました。もしかしたら、そのとき上司は私の能力に期待してもっと自分の頭で考えてほしいと思って、そのような態度をとっていたかもしれませんが(基本的に上司に悪意はなかったと思います)、当時の私はことごとく悪い方へ受け取ってしまいました。このような行動をとってきたのは人に対する警戒心が強く、心配性で恐がりな面が出ており、いつも、「失敗して怒られないように、嫌われないように」という自分を守る傾向が強く出ていたからだと思います。

第二段階として、「できない自分、能力がない自分」を相手に悟られないよう、仕事ができない理由を他に求めるようになりました。つまり、いろんな形でうまく言い訳をしたのです。可能な限り自分で図面の知識や図面を作成する上で必要な資料を調べて、作業を一人で進めていましたが、それでも分からないことは多かったので、失敗をごまかしたり、参考資料が見つからない、知識が足りない、時間が足りないなどと、できない理由を考えて責任逃れをするようになりました。「仕事ができないダメな自分」を認められなくて言い訳をするという悪いクセが出ていました。大学生のころも、自分が理解できていないことがバレないようその場を取り繕うと思って言い訳を並べたとき、教授から、「なんて性根が腐ったヤツだ」と指摘されたことをよく覚えています。とにかくひねくれていて素直ではありませんでした。

このように私が、被害者意識を持っていつも警戒してオドオドしている様子が相手をイライラさせる。そして言い訳することで、相手の怒りを買って、人間関係が悪くなるという繰り返しでした。自分で怒られるような態度を取って相手の怒りを引き出していたのに、それに気付かず、いつも、「どうして上司や先輩は自分のことを理解してくれないんだ」と被害者面していました。こんなことを繰り返した結果、1年足らずで私と上司、先輩、その他の社員との間には険悪な雰囲気が漂っていて(自分だけがそう感じていただけかも)、何か問題があっても気軽に相談できない関係を築いてしまいました。いつも緊張感があって、首、肩、腰が固まって痛みを抱えていました。

第三段階として、「自分の中に悪感情をため込みすぎて必要以上に一人で抱え込んだ」ことが挙げられます。社会人2年目には、周囲と私との間には大きな壁があり、相談できない関係になっていたので、自分の言いたいこと(アイディア、相手のミスの指摘、不満など)を外に出せず、すべて自分の中にため込むようになりました。アイディアがあっても自信がなくて出せない、相手のミスを指摘したくても嫌われたくなくて言えない、不満があってもみんな同じ条件で働いているから言えない。あれこれ考えたとしても、自分の気持ちを一つも外に出せなくなっていました。自分の周りは全員年上で、経験、知識に大きな差があり、だいたい私が怒られるときは自分に全面的に非がありますが、たとえ50:50でも、20:80で相手の非が大きくても、全部責任を自分一人で背負って抱え込むということをしてしまいました。その方が、相手に責められずに済むからです。しかし、その代償は大きく、全部自分で進めようとするととても時間がかかってしまい、納期に間に合わせるために、連日遅くまで残業し、休日出勤でカバーしていました。しかし、徐々に心の余裕がなくなって追い詰められていきました。しかも、心の中では、「なぜ、あの人のミスの分まで仕事しなければいけないんだ。どうして自分だけいつも大変なんだ。」と恨み節で働いていたため、身体も心もどんどん消耗していきました。たまの休みにストレス解消しようと思って好きなことをやりましたが、ストレスが極端にたまっていたため、衝動的な行動を取ってしまいました。(徹夜してTVを見る、ゲームをするなど)バカなことをやっているなと分かっていてもやめられないのです。このように自分をコントロールすることができなくなり、一番負荷がかかっていた目に症状が現れ、行き詰まりました。

改めて、当時を振り返ると、自分のカルマに振り回され、負のスパイラルにはまって、自分で自分を苦しめてきたことがよく分かりました。日記で、いさどんから、「あなたは、どちらかというと、いつも自分の気持ちが悪くなる方へ進んでいます。そして、それに注文をつけてグチっています。」というコメントを頂きましたが、まさにその心の姿勢が自分を苦しめていました。

実は、一度目の休職のとき、カウンセリングを受けながら、自分自身を振り返りました。今回のように細かい分析はしていませんが、反省点を見つけて自分の行動を変えてみました。

復帰後は、設計の仕事から品質管理の仕事に移り、人間関係が変わったこと、残業が減ったこと(遅くても19時まで)、そして自身の行動を変えてみることで、どのような人間関係を改めて築くことができたのか、次に分析してみます。

 

5月16日(金)
「会社の人間関係の振り返り」(品質管理編)
2013年12月~2014年12月

品質管理の仕事は、通常ベテランの方がやる仕事で、自分以外は全員50~60代のベテラン勢が5~6人いました。そして私の上司も定年間近の方でした。皆さん、私が休職した事情を知っているため、様々な配慮をしてくれました。私が一番最初に心がけたことは、「よくコミュニケーションをとる」ことでした。設計のときの失敗を踏まえて、始めのうちになるべく親しくなり、なんでも相談できるような関係を作ろうと心がけました。年配の方が多いせいか、仕事の合間にのんびりと雑談をすることが多く、私も仕事を一旦休んで雑談に加わりました。話の内容は仕事のことから老後、年金、健康の話など、私はついていけない部分もありましたが(笑)、いろんな話を聞きました。確かに仕事は止まりますが、雑談して心が軽くなるとまた仕事に集中できる感覚がありました。このように毎日コミュニケーションを取ることで親しくなり、一番年下のせいか、かわいがられるようになりました。

仕事で分からないことがあったときは、「素直に聞く」ようにしました。その際、自分で調べて考えた結果を伝え、ここが分からないと明確に伝えるようにしました。すると、経験豊富なベテランの方からいろんなことを教えてもらうことができました。ただ分からないから聞くのではなく、自分の頭でしっかり考えた上で教えを請うことで相手も受け入れてくれたのではないかと思います。実は、自分で考えるようになってから、大きな失敗を何度か経験して周りに迷惑をかけて落ち込んだことがありましたが、その分学んだこともたくさんあり、成長できたと感じています。もちろん上司や関係部署から怒られましたが(笑)、上司は「失敗からしっかり学んで次に生かすことが大切なんだ」と励ましてくれました。おそらく、上司や周りの先輩は、若手には失敗を恐れず新しいことにチャレンジすることを心の底では期待してくれているのだと感じました。入社当時の私は極端に失敗を恐れて縮こまっていて、つまらないミスを繰り返していたので、上司や先輩は私の態度を快く思っていなかったと思います。

次に、「自分の意見や感情を内にため込まず外に出す」ようにしました。相手が上司でも、年上の先輩でも、言うべきことははっきり言いました。そのときは、自分の考えが浅くて(自分本位の考え)怒られたり、意見を聞き入れてもらえないことがほとんどでした。でも、結果としてともかく外に出すこと自体が大切だと感じ、ストレスをたくさん抱え込まずに済みました。また、体調が悪いときや、目の症状が悪化したときはすぐ上司に相談しました。こまめに相談することで自分の状況を把握してもらい、仕事量の相談にも乗ってもらました。仕事の効率的な進め方について自分のアイディアを何度か伝えたこともあります。そうしていくうちに上司とは仕事のこと、プライベートのことなど何でも言える関係になりました。このことは精神的余裕ができるという大きな効果を私にもたらしてくれました。

以上のように、休職する前に比べて大幅に人間関係を改善することができ、正直と素直が大切であることを自分なりに実感しました。ただ、課題も残っていました。仕事が忙しくなると余裕がなくなり、自分優先の思考にはまって前回の日記で書いたような悪いクセが出てきます。特に品質管理の仕事では設計の頃とは違い、いろんな部署の人やお客様とかかわる機会が増えたので、他の人の分の仕事まで引き受けたり、責任を自分一人で背負い込んで苦しんだことは何度かありました。それは自分の悪い性質が出ているので、そこを冷静に分析し改善することが大切なポイントだと思いました。

次回は、「創価学会」と自分の関係を客観的に分析したいと思います。創価学会の考えを自分なりに解釈して、それが自分を縛って苦しい方へ追い込んでしまった一因になったと感じているので、冷静に振り返ってみます。

 

5月18日(月)
「創価学会と自分の関係の振り返り」

4/17(金)の日記の中で、「私が頑固で間違った生き方に執着していたため、天がしぶといから大きな病気をプレゼントして・・・」という箇所に「その原因の一つに創価学会の存在もあると思いますが、そこはどのよう捉えますか」といさどんからコメントをもらいました。そのことについて客観的に振り返ってみたいと思います。人間関係の振り返り(設計編)に沿って書くと分かりやすいと思ったので、一つ一つ取り上げて検証してみます。

創価学会の中では、「仏法者であるのと同時に、一人ひとりが社会の勝利者になろう」とよく言われます。つまり、仏法を実践するといっても山にこもって一人で修行するのではなく、社会そのものが実践の場ととらえているので、一人の人間として周囲から信頼され地域や社会に貢献することが大切だと教えられてきました。それに加えて創価大学でも「大学の真価は卒業生で決まる」「一人ももれなく社会の勝利者に」と創立者の池田先生から激励の言葉をよくかけてもらいました。地域、社会、そして世界に貢献できる人材を輩出するために大学を創立した池田先生の期待に応えたいと思いました。だから社会に出るにあたって、私は、「創価学会員であり創価大学の卒業生として絶対に社会で勝利者になる。多くの人から信頼されてしっかり結果を残すんだ」という強い決意がありました。つまり、私は、「創価学会員」と「創価大学卒業生」の2つの看板を背負っていたわけです。今振り返ると私の場合は、この自覚が強いプレッシャーを生み、私の持っているカルマの性質を良い方へ生かすのではなく、悪い方へ引っ張る結果になったと感じています。

具体例を挙げていきます。バカまじめな私は、「絶対に社会で勝利者になる」と意気込んで早く成果を出そうと仕事に打ち込みました。しかし、周囲とのコミュニケーションという大切なポイントを見落としたまま仕事に没頭したため、職場で一人浮いた存在へと自分を追いやってしまいました。

次に、「極端に失敗を恐れて正解を求める」という気持ちの裏には、「失敗をすることは信用を失うことであり、自分が信用を失うことは学会のイメージが悪くなることにつながる」と考えていました。さらに「会社で信用を失うことは創価大学の信用が下がり、後輩の進路を閉ざすことにつながる」とその頃は本気で思っていました。私は先輩たちが苦労して社会で結果を残してくれたことで創価大学の信頼を勝ち取り、後輩の進路を切り開いてくれたことを知っていました。だから、先輩たちに感謝し、自分も後輩のために、会社の中で信頼を勝ち取ろうと固く決意していました。しかし、これは極端な解釈で新人の頃は知らないことばかりで失敗は避けて通れないものだと分かっているはずなのに、「失敗=自分の評価が下がる=創価学会、創価大学の評価が下がる」と短絡的に結びつけて考えていました。この極端な考え方は被害妄想が得意な(笑)私の性質が関係していると思います。1つのマイナスな出来事に捉われ、関係のないところまで否定してしまいました。上司や先輩から繰り返し怒られることが続くと仕事のミスを指摘されているというよりも私の人格そのものが否定されていると感じ、さらに私の精神的な柱である「創価学会」「創価大学出身」を否定されているような感覚になり、必要以上に落ち込むことにつながっていました。

その他に仏法では「依正不二」という考え方があり、依報(人間以外の環境すべて)と正報(人間)は一体という意味です。学会ではよく「自分が変われば環境は変えられる」という言葉を聞きますが、自分以外の他人や環境はすべて自分の鏡であり、自分の内面を変革すれば、それに伴って外の環境も変えていくことができると考えています。このことを私の身に置き換えたとき、周囲とコミュニケーションがうまく取れないこと、仕事ができないことも自分に問題があり、努力が足りないだけだと解釈していました。しかし、当時の私は自分のどこに問題があり、どのように行動を変えていけばいいかよく分からなかったため、結局、悪いクセを修正できないまま状況は悪化する一方でした。その上、ミスを上司や先輩から指摘されるときはほぼ私の知識と能力が不足していることが原因で相手の言い分が100%正しいため何も言い返せず、「自分の努力がまだまだ足りないんだ」とさらに思い詰めてしまいました。私のカルマ(自分中心、受け身、被害妄想、警戒心など)と、学会の自分に原因を求める考え方が、私の思考を一点に固定していました。毎日怒られる度に必要以上に自分を責めて傷つけることを繰り返してしまいました。そのときもっと冷静に自分の状況を見つめることができれば、自分で自分を過剰にいじめていることに気付き、もっと自分を大切に扱うことができたと思います。もっと体を休ませてあげることができたと思います。

私は2012年2月にドライアイと診断され、2013年5月に休職するまでの1年3ヶ月の間、とても辛い思いをして痛みに耐えながら仕事を続けてきました。どうしてそんなにボロボロになるまで我慢して働いてしまったのか。それは過去の体験が大きく関係しています。社会人になるまでの大きな出来事として、いじめ、受験、就活がありますが、いずれも池田先生と学会のおかげで乗り越えることができたと感じています。いじめについては池田先生の中学生向けの「希望対話」という本に救われました。「いじめはどんな理由や事情があろうといじめる側が100%悪い」「いじめられても自分を卑下する理由は一つもない。人間の本当の価値はそんなことでは決まらない。君には無限の可能性が秘められているのだから自分らしく歩んでいけばいいんだよ」などの言葉に勇気と希望をもらい、辛い時期を乗り越えることができました。受験のときは、それまでの人間関係のストレスで慢性的な腹痛になったため、それが本番で力を発揮できない原因でした。受験直前の12月には体力の限界を感じ、本気で高校をやめようと考えるところまで追い詰められました。しかし、親から「南無妙法蓮華経」と祈れば何でも願いが叶うよと言われ、わらをもすがる思いで体調の回復と大学合格を祈りました。すると、本番前まで続いていた腹痛が、本番当日は一時的に治まり、最高得点をとることができ、無事、第一志望の創価大学に合格することができました。これが私の信仰の原体験です。

就活のときは、大学院2年の5月まで内定がもらえなくて、このままでは研究が進まず卒業も危うい状況で、体力も限界に近づいてました。面接が進んでいた2社にかけて最後まで祈り、努力を重ねたところ、6月頭に第一志望だった今の会社から内定をもらうことができました。

長々と書いてしまいましたが、こんな感じで信仰を根本に苦境を乗り越えてきた体験があったので、社会人になっても今まで通り何とか乗り越えることができると信じていました。つまり、過去の成功体験に囚われていました。現状と過去の状況は異なるのに、目の前の問題を冷静に見極めることを怠り、同じように乗り越えられるだろうと楽観視している自分がいました。また、同時に「学会や創価大学のイメージを下げることはできない」という強い思い(勝手な思い込みですが)と過去のトラウマからくる「自分の弱みをさらけ出すことは他人からいじめられ、バカにされることにつながる」という間違った思い込み、そして「一度弱音をはいたら見捨てられ、首にされるだろう」という被害妄想に囚われ、がんじがらめになっていました。だから、「休職して周りの人に見捨てられるくらいなら体や心が壊れるまで働いた方がましだ」という言葉が出てきたのだと思います。

当時のことを振り返り、私が足りなかった点を最後に書きます。

一つ目は「客観的視点」です。ここまで振り返ってみて気付いたことは自分は無意識のうちにいろんな思い込みに縛られていたということです。過去のトラウマ、成功体験、学会の教えの間違った解釈によって思考が固定化され、さらに被害妄想が拍車をかけて視野がとても狭まっていました。世界観が狭かったともいえます。また、今まで学会の教えがすべてで、その他のものはあまり重要でないと考えていましたが、それでは柔軟性に乏しく、気付かないうちに視野が狭まってしまうと思いました。それは私の性質でもあって、「これだ」と決めたものはとことんやるので、それが良い方へ働くこともあれば悪い方へ働くこともあると思います。要は、自分の性質を客観的に把握し、物事をバランスよく判断して自己コントロールしていくことが大切だと感じました。

二つ目は「自分の生き方に対する芯」です。私は学会3世なので、自分の信仰体験はいくつかあるものの、「なぜ創価学会を信仰しているのか?」という根本的なことを考えたことがありませんでした。大学生の頃、本格的に学会活動し始めた理由も、「家が学会だから」「周りもみんな学会員だから」という理由で、どうして宗教が人生に必要なのかということは後付けで学び、頭の知識としては理解していても、腑に落ちていたわけではありませんでした。途中から入会する人は、「どうして自分にとって信仰が必要なのか?」という問いを真剣に考えますが、私はその過程を飛ばしてきました。友人に学会の話をすると、たいていは無関心、もしくは反発といった反応で、「どうして学会が唯一正しい宗教なの?」「どうして祈るの?」といった、私が当たり前にやっていることを改めて問われることで初めて考えさせられることがありました。友人の反応や問いに答えられないことで毎回心が揺れて、自分の芯のなさを実感していました。

今後、創価学会と自分の関係を改善していく上で大切なことは、学会の教えや考え方を一つ一つ吟味することだと思っています。法華経は宇宙の真理を説いているので、法自体は正しいものですが、それを実践して現実が悪い方へ向かうということは、自分の考えが狭くなっているか、解釈を間違えて受け取っているのだと思います。実践する人間の側の問題だといえます。

今まで仏法についての疑問や組織に対する疑問があっても、遠慮があって相談することはなかなかできませんでした。そもそも第一線で活動している人に相談しても取り合ってくれないだろうなと思っていました。でも、今後は疑問に思ったことはどんどん外に出していき(相手が学会員かどうかは関係なく)、一つ一つ自分の身に落としていきたいと思います。おそらく、同世代の学会2世、3世の人は、私と同じような疑問を抱えている人もいると思うので、彼らと本音で語り合っていきます。

それが今後の自分にとって「芯のある生き方」につながると信じています。

 

最後に今後の自分の決意を書きます。

①「心磨きを継続して魅力あふれる人間になる」
②「今までの経験を社会貢献のために生かす」

①について、私は今後も創価学会員として生きていくことに変わりはありませんが、そこに「客観的視点」と「芯(柱)」をプラスして物事をバランス良く賢明に判断できる人間を目指してこれからも心磨きを続けていく決意です。また、今まで何十人もの友人に学会や仏法の話をしてきましたが、そのほとんどが拒絶、無関心、反発といった反応でした。話ができても平行線、ただの理屈の言い合いになり、なかなか相手の心に伝わりませんでした。これからは相手を理屈で納得させようとするのではなく、自分の人間性や人柄を通して多くの人に信用されることを目指します。
そのために心磨きを実践し、魅力あふれる人間へと成長していきます。

②については、真学校を含めて約3ヶ月間自分の心を振り返ってきましたが、この経験は私と同じように人間関係や病気に苦しんでいる人たちの役に立つと思っています。今までの日記を編集して外に発信していくことや、希望の光プロジェクトを通して悩んでいる人たちと交流することで、また新しい気付きが生まれたり、新しい時代の流れを創っていくことにつながると確信しています。

 

いさどんへの感謝のメッセージ
真学校から約100日間。日記を通して多くの貴重なメッセージを頂き、大変ありがとうございました。ここまで深く心の振り返りができたのはいさどんの的確なアドバイスとファミリーメンバーのサポートのおかげだと思っています。これからは自分の力だけで心磨きを実践していきます。
真学校から続けてきた心の振り返りに一区切りつけるため、最後に4日分書きましたが、とんでもなく長文になってしまいました(笑)。書いている内に次から次へと想いがわいてきたり、深く考えさせられる出来事が続いたため、予定より多く書いてしまいました。最後にコメントして頂けたら幸いです。

 

 「いさどんコメント」
人は誰でも、一人一人その人に相応しい人格と人生を生きる様に与えられて生きています。ですが、それはその人個人の為ではありません。
人生の中でその本当に出会うことは、どこまでの位置に立てるかによって決まります。それは、自らの望みをかなえる願望からは得られることはありません。
また、面談で話しましょう。