24日目午後「味噌作り」〜 宇宙の響きを醸す

4日前に仕込んだ糀を使って、今日はいよいよ味噌作り実習。
講師はおなじみ、やすえどん。フランスからやってきてただ今木の花ファミリーに滞在中のニコちゃんとアンケさん親子も参加して、にぎやかな講座となりました。

アンケさんとニコちゃん
アンケさんとニコちゃん

真学校では、座学と実習の両面から微生物について学びを深める機会が多くありますが、味噌作り講座はそのクライマックスとも言えます。

やすえどんによる味噌作り講座
やすえどんによる味噌作り講座

現代はお店に行けば様々な味噌が売られていますが、「本物の味噌」とは、元気で活発な微生物がたくさん住み着いている味噌、つまり「生きた味噌」のことです。
味噌の本当の値打ちは、大豆タンパクをアミノ酸化する過程で増殖する酵素、微生物の働きと機能、これを食することにより、体内に取り入れることにあります。たんぱく質は、体内でアミノ酸化されて初めて吸収されます。熟成された味噌の場合はすでに食べたときにアミノ酸化されていますから、非常に消化が良いのです。熟成中はもちろんのこと、完成した味噌の中でも微生物は生き続けていますので、味噌を食べるということは、大豆タンパクを取ると同時に、多量の微生物タンパク(アミノ酸)を食べることを意味します。味噌の微生物は、胃や腸の中に入ってからも活動を続け、新しい栄養成分の生産や、有害菌の増殖を抑えて免疫機能を高めます。また、腸壁の細胞機能に活力を与えるなど、腸の中をよりよい状態にするために役立っています。
このように味噌は、生きていてこそ価値のある食品なのです。

この中で無数の微生物達がはたらいています!
この中で無数の微生物達がはたらいています!

以下、講師のやすえどんより ───────


 

“宇宙の響きを醸す” 味噌作り講座

1ヶ月間の真学校も終盤を迎え、今回、味噌作り講座が最終実習となりました。
テーマは、「皆んなで作ると楽しい味噌作り♪」です。
そこで、「つくる」と言う言葉を「カタカムナ」の単音の思念で紐解いてみました。
ツ: 個々のものが集まった集合体
ク: 自由、自由にする
ル: 存在を保つ、行為を継続している
各々が、自由に行動する集合体

これは、まさに阿吽(あうん)のことを言っていますね。
阿は口を開いて最初に出す音、吽は口を閉じて出す最後の音であり、そこから、それぞれ宇宙の始まりと終わりを表します。多くは「阿吽の呼吸」と用いられ、二人以上が一つの事をする時の微妙なタイミングや気持ちの一致を表します。
「つくる」と言う言葉の中に、なんと奥の深い意味合いがあるのでしょうか。しかも、集合体と言う言葉も出てきています。
とどのつまり、おいしい味噌作りのコツは、皆んなで気持ち良く響き合うと言うことですね♪

味噌玉を一投入魂「エイッ!」

魂しい〜(楽しい〜)

by やすえどん

 

一晩水につけ、朝から釜戸で蒸してやわらかくなった大豆を桶に取り分けます
一晩水につけ、朝から釜戸で蒸してやわらかくなった大豆を桶に取り分けます
そのまま食べてもびっくりするほど甘くておいしい大豆。つまみ食いの手が止まらない。。
そのまま食べてもびっくりするほど甘い大豆 ─── つまみ食いの手が止まらない。。
4日前に受講生が仕込み、2日前にできあがった(出糀/でこうじ)糀
4日前に受講生が仕込んだ糀
4日前に仕込んだ糀を揉みほぐし、大豆とよく混ぜます
糀を揉みほぐし、大豆とよく混ぜます
よく混ざったら大豆を潰してミンチにしていきます
よく混ざったら大豆を潰してミンチにしていきます
ミンチになった大豆をおだんご状に丸め ───
ミンチになった大豆をおだんご状に丸め ───
「エイッ!」と容器に投げ込んでいきます。味噌の糀菌は空気が嫌いなので、こうして空気が入らないようにするのです。
「エイッ!」と容器に投げ込んでいきます。味噌の糀菌は空気が嫌いなので、こうして空気が入らないようにするのです。
味噌を詰め終わったら空気が入らないようラップでぴったりフタをし ──
味噌を詰め終わったら空気が入らないようラップでぴったりフタをし ──
塩を重石として上にのせます
塩を重石として上にのせます

 

味噌は生き物。同じ場所で同じように仕込まれても、その後の環境を微生物たちは敏感に感じ取りながら発酵を進めていきます。半年後〜1年後には、受講生一人ひとりオリジナルな味噌ができていることでしょう。

 

どんな味噌が出来上がるのかは、お楽しみ♪
どんな味噌が出来上がるのかは、お楽しみ♪

 


20日目午前「糀仕込み」〜 命の花を咲かせよう

今日の午前中は、やすえどんによる糀仕込み講座!

やすえどん
やすえどん

こうじ(糀・麹)とは、米、麦、大豆などのようにでんぷんやたんぱく質を含む材料を蒸煮して、これにこうじ菌を繁殖させ、色々な酵素を生成させたものです。このこうじを原料として、酒や味噌、しょう油、御神酒などの加工品ができるのです。今回は、4日後の「味噌作り講座」で使う、味噌用の「糀」を仕込みます。

こうじ菌は「国菌」とも称される日本特有の微生物であり、目に見えないところで日本人の暮らしをずっと支えてきてくれた存在です。

美しい糀の花
美しい糀の花

「神様は宇宙を創造し、そこに人間という種をまいて、一人ひとりの命を花開かせます。今日は私たちが創造主となって、糀の花を咲かせましょう」とやすえどん。以下、やすえどんからのレポートです。


宇宙の響きを醸す こうじ( 糀 )づくり

真学校の生徒さんがこうじづくりを体験しました♪
まず、釜戸小屋にて4拍手👏👏👏👏
心と場を整えます。
始まりは火「ヒ」入れから。薪火の炎の美しいこと!パチパチと響く音も心地良く。さながらここは、異次元空間カマドカフェ⁉︎(笑)

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「カタカムナ」思念
ヒ: 静から動への出発点、ものの始まり

「糀とは高次元のこうじですね。」とは、めぐちゃんの弁。
「まさに‼︎」
眼には見えない糀菌(カビの一種)が培養することによって、蒸したお米に繁殖し、白い菌糸を出して綿状に広がり、美しい花を咲かせるのですから。これは、単に味噌の材料と言えるものではありません。

「カタカムナ」思念
コ: 転がりでる
ウ: 渦、生まれる
シ: 示されるもの
キ: 現象化、発生する
ン: 強める

高次元世界、潜象界より螺旋を描いて現象界に発生するもの。
宇宙物理学「カタカムナ」での紐解きが、講座の会話に花を咲かせてくれました。

by やすえどん

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こうじ菌はかびの一種で、生育の適温は34~37℃、湿度は80~90%です。繁殖条件が満たされますと、菌は発芽して白色の菌糸を出して綿状に広がります。繁殖が進むと酵素が生成され、菌糸内に生成されたものがこうじ全体に広がって浸透していきます。

以下、材料です。

米
米(精米したもの)
大麦または小麦(精麦したもの)ー 今回は小麦を使用しました
大麦または小麦(精麦したもの)ー 今回は小麦を使用しました

小麦は糀菌がつきやすいように、表面を少し削っています。お米と小麦の割合は1:1で、その0.1~0.2%ほどの種こうじを用意します。種こうじは専門店で作られ市販されています。これは、こうじ菌を純粋培養したものに木灰を混ぜて作ったもので、黄緑色でよく乾燥したものがよいです。

種こうじ
種こうじ

一般的に、味噌用の糀はお米だけを使うことが多いのですが、木の花ではいさどんの閃きで麦を使うようになりました。お米だけではなく自分たちで麦も育てていたので、まず材料があったということと、混ぜ合わせることで多様性が生まれ、味に深みが増すのです。

一晩水に浸した米と小麦を、米は蒸す30分前、小麦は1時間前にザルに上げて水を切り、カマドの火にかけ蒸しあげます。

蒸しあがった小麦 ー なんともいい匂い
蒸しあがった小麦 ー なんともいい匂い
小麦を割ってみて、白い芯が残っていなければOK
小麦を割ってみて、白い芯が残っていなければOK

蒸した小麦と米をムシロの上に広げ、菌が死なないように50℃まで冷まします。

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小麦と米が冷めたら、いよいよ種まき開始!糀の花を咲かせましょう♪

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種糀を手に持っていたら「何だかすごくビリビリする」とめぐちゃんとよしこちゃん ー 糀菌のエネルギーが伝わったのでしょう
お米と小麦の畑に種まき
お米と小麦の畑に種まき

種をまき終わったら、ひたすら混ぜ混ぜ。

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よく混ざったら、諸箱に移し糀室へ。保温庫にもろ箱を重ねて入れ、一番上に露防止のためのタオルを乗せて、庫内温度が28~32℃になるように保ちます。

いくつかの諸箱に分け入れ、それぞれを一塊にする
7つの諸箱に分け入れ、それぞれを一塊にする
お風呂場を改造した糀室 ー 壁が黒いのは「くら菌」です
お風呂場を改造した糀室 ー 壁が黒いのは「くら菌」です
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「くら菌」のようなやすえどんと一緒に♡

以後、約半日ごとに菌と対話しながらもみほぐす「手入れ」を行い、2日後に糀室から取り出す「出糀(でこうじ)」をして完成です。

材料が蒸しあがるまでの合間に、カマドカフェにて、1週間ほど前のフリープログラムで仕込んだ御神酒も試飲しました。

美しいピンク色の、黒米御神酒
美しいピンク色の、黒米御神酒
みんなでカンパーイ!!
みんなで「カンパーイ!」
用事があって一時帰宅中のオレンジくんの分も「カンパーイ♪」
用事があって一時帰宅中のオレンジくんの分も「カンパーイ♪」

御神酒は完成間近のいい感じで、「明日にはもう絞れるよ」とやすえどん。明日の午前中はフリープログラムなので、みちよちゃん講師による自力整体講座の後、またまたみんなで御神酒絞りをしにやってくることになりました。

この日の体験を、よしこちゃんは日記に以下のように綴っていました。いさどんのコメントともどもご紹介します。

 


よしこちゃんの日記

今日は糀づくりをしました。まるで神話の世界(=創世)を再現しているような気分になりました。
穀物(乾・種・男性原理)を水(湿・無形・女性性)に浸し、水を含んだ状態になった穀物に火(動・熱・男性原理)を入れ、変成させる(種をまくための土壌となる)。セイロから出した米&小麦はフカフカともり上がり、まるで雲(あるいは島)が湧き出すかのようでした。そこにうぐいす色の種菌を蒔き、上下をひっくり返しながらていねいに混ぜ込みます。
すると!なんてことでしょう!ご機嫌な微生物のマネをしたいさどんの姿がボン!と浮かび、本当に微生物がキャッキャッと言いながら笑っているかのように感じられ、つい私も一緒になって笑ってしまいました。

― いさどんのコメント ―
観えるべきものが観えてきましたね。

それを7つの島に分け 一昼夜と少し寝かすと 花が咲くのですね。
人間が花を咲かすにはずい分時間がかかりますが(笑)

― いさどんのコメント ―
固有のサイクルがあるのです。

微生物時間は限りなく「無い時間」に近いのでしょう。

日常の食を賄う過程に神事を見ることはこれまでありませんでした。日々の生活にそういうものをみいだせることはなんて豊かなことなのでしょう!

― いさどんのコメント ―
そうです。

でも本当は何をやっていても、瞬時瞬時にそれはそこにあり、それを感じるか/感じないか、みいだすか/みいださないか、だけなのかもしれません。
だとすれば、「豊かさ」は常にどこにでも、誰のもとにもあり、あとはその人が見いだすか/見いださないか、ということにすぎないのでしょうね。
潜象界がどこか別の世界にあるのではなく、遍満しているというのは、こういうことなのかもしれないな・・・と、ふと思いました。

― いさどんのコメント ―
かもしれないですか?それを真理というのですよ。

 

ニナが教えてくれたオランダ式バンザイ
ニナが教えてくれたオランダ式バンザイ
「フラーーー!!!」
「フラーーー!!!」

 

 


13日目午後「コンポストトイレの作り方」

13日目の午前中はフリープログラム、午後は「コンポストトイレの作り方」及び「微生物資材の培養」の講座がありました。
今回は、現在ミャンマーで行っているビジネスにコンポストトイレの導入を考えているてんちゃんと、持続可能な暮らしの研究のためにファミリーを来訪中のマレーシアの大学教授スバルナさん夫妻も講座に参加し、熱心に受講されていました。

研究のために来日中のスバルナさん夫妻
研究のために来日中のスバルナさん夫妻

以下、「コンポストトイレの作り方」の講座資料をご紹介します。

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11日目午前「天然循環法 – 農 実習2」〜 ジャガイモ定植

「ジャガイモていしょく」と聞いて思わず「味噌汁は付きますか?」と言ってしまう人もいるかもしれませんが、ジャガイモ定食ではなくジャガイモ定植です。「天然循環法 – 農」の実習第2回目は、春ジャガイモの種芋を畑に植えていく作業体験をしました。

みんなで列になってジャガイモ定植
みんなで列になってジャガイモ定植

以下、講座を担当した畑隊のカトケンより ────

カトケン
カトケン

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3月1日。受講生と畑隊、田んぼ隊のあわせて約20名でジャガイモ定植をしました。受講生たちが種芋を植えやすいように畑にヒモ線を引き、そこに種芋を配りながら、受講生の到着を待ちました。しばらくすると受講生たちが圃場に来てくれ、一緒にジャガイモを植え始めました。農業経験の少ない人が多かったこともあり、最初は慣れない様子もありましたが、時間が経つにつれて一人一人の動きが良くなっていきます。種イモの植える位置もちょうど良いところにおさまっていました。

ジャガイモの種芋
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どんどん動きがスムーズになっていく受講生たち
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合間にみんなでお茶休憩合間にみんなでお茶休憩

太陽の光、緩やかな春風を受け、ともに汗を流し、多くの命の声に耳をかたむけながら作業が進んでいきます。一人一人の意識が自然と高まることで作業の流れが良くなり、こちらが予想していたよりも早くジャガイモ定植が終わりました。
みんなで楽しく植えたジャガイモ。どのような成長を見せてくれるのか楽しみですね。

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3か月後にはきっとおいしいジャガイモが収穫できるね♪

 


9日目午後「天然循環法 – 農 実習1」〜 微生物を知ろう・ボカシと活性液作り

今日の午後は農の実習でした。講師はカトケン。畑隊の若手で、かつて農業高校の講師をしていました。

カトケン
カトケン

まず、最初の実習は「ボカシ作り」。ボカシという言葉、あまり聞いたことがないと思いますが、簡単にいうと、発酵させた有機肥料のことです。

受講生が仕込んだボカシ
受講生が仕込んだ発酵前のボカシ

今回は一番シンプルな素材で作りました。
米ぬか10kgに籾殻1kg。そこに、有用微生物が200種類以上含まれる木の花菌(EM菌)から作った活性液と水分を加え、ダマにならないように揉みほぐしながら、丁寧に手で混ぜていきます。米ぬかには油分が多く含まれ、混ぜている手もしっとり。みんな「気持ちいい~!」「おいしそう!」「お菓子を作っているみたい」と楽しそうに混ぜていました。

ボカシの語源は、話をぼかす、色をぼかす、と同じ様な意味合いがあり、有機肥料を微生物により発酵させて、原形からぼかすところからその名前がつけられたとも言います。発酵させることにより、そこにはたくさんの微生物が繁殖し、植物に吸収しやすいものになるのです。

この世界には、空気中にも、土にも、野菜や穀物にも、人間の体にも、目には見えないけれど、あらゆるところに微生物や菌が存在します。微生物や菌には大きく分けて「腐敗」と「発酵」という2つのサイクルがあり、どちらも必要なのですが、発酵の方が私たちのような生命にとって健全なサイクルと言えます。

IMG_3420悪玉菌が活躍すると「腐敗」の方へ傾き、善玉菌が活躍すると「発酵」の方へ方向づけられます。数多くある微生物や菌のうち、善玉菌といわれるものは約1割。悪玉菌といわれるものも約1割。残りの約8割のものが「日和見(ひよりみ)菌」だといわれています。つまり、どっちにも行く可能性のあるものが大多数なんですね。受講生から「菌の世界も、人間の世界も同じだね。面白い!」という感想もありました。

そこで、いかに善玉菌を優勢にしてやるか、発酵の方向へ持っていくかがポイントになってきます。善玉菌が優勢になるためには、適度な温度や水分、空気という環境を整えてあげる必要があります。米ぬか自体にも菌がいるので、環境を整えてあげれば発酵が始まりますが、より発酵の方へ方向づけるために、今回は木の花菌を使いました。

その混ぜたものを、ビニールの袋に詰め、しっかり空気を抜いて、発酵させます。こうして発酵させることにより、例えば豆腐のオカラのようなとても腐りやすいものも、米ぬかなどと一緒にボカシにすると、1年以上品質が変わることはありません。

ボカシを袋に詰めます
袋に詰めて、しっかり空気を抜きます
チームごとに名前を決めて貼りました
チームごとに名前を決めて貼りました
こちらは「チームひふみ」
こちらは「チームひふみ」
こちらは「ビューティフル・マインド」
こちらは「ビューティフル・マインド」

私たち人類は発酵という文化をいろいろと発展させてきました。農業分野に限らず、味噌、醤油、納豆、ヨーグルト、チーズ、パン・・・などなど身の回りにはたくさんの発酵を利用したものがあります。畑の土の中にも、たくさんの微生物たちがいます。
そして、その微生物や菌は、目に見えない非常に微細な存在で、だからこそ、それを扱う者の発するものが、ダイレクトに伝わってしまいます。
私たちが、畑に立つ時、作物と接するとき、ボカシを作るとき、木の花菌を仕込むとき、子供に接するとき・・・いつでも一番大切にしていることは、そこに向かう心です。
そう考えると、いつでもどこでも自分からいい空気を発することの大切さを改めて確認しました。

順調に発酵したボカシの香りも嗅いでみました。いい匂いです。
順調に発酵したボカシの香りも嗅いでみました。いい匂いです。

次は、「生ごみを利用した堆肥作り」です。
毎日家庭から出る生ごみ。普通は燃えるごみとして焼却されますが、その約4割が生ごみだと言われています。水分をたくさん含む生ごみは、燃やすのにも多くのエネルギーが必要です。
この実習では、通常ごみでしかないものを、資源として生かす。そして、さらに生ゴミを減らすことで環境負荷も減らせる、という生ごみの有効利用を学びます。

生ゴミを有効利用!
生ごみを有効活用!

用意するものは水切りが出来るスノコのついたバケツ。(ホームセンターなどでも入手できます。)そこに、よく水を切った生ごみを入れ、発酵させるためにボカシを振りかけて混ぜ、手で押して空気を抜きます。それを繰り返して、漬物を作っていくようなイメージで仕込んでいきます。

見た目も香りもお漬物のようです
見た目も香りもお漬物のようです

最後にビニールの蓋をして空気が入らないようにし、きっちりとバケツの蓋をします。

約1週間おいておくと、菌が全体に回るので、いわゆる生ごみ臭さもほとんど無く、それを畑に埋め込んで、畑の肥料として使うことが出来ます。畑のない場合は、それを2倍量の土と混ぜ、生ごみ堆肥にすると、腐敗することなく、いつでも使いたいときに使うことが出来ます。それをプランターの土に混ぜて使ったり、畑にまいたりするのです。

土に混ぜれば
土に混ぜれば生ごみ堆肥に♪

ボカシにしても、生ごみ堆肥にしても、産業廃棄物になってしまう豆腐のオカラや、ごみでしかなかった生ごみが、「発酵」を利用することにより、捨てられてしまう「ごみ」ではなく、「資源」として生かしていけるということなのです。

* * * * * * *

野外での実習を終え、室内に戻って、ちょっとティータイム。
受講生から、質問や感想なども出ました。
実家で母親が家庭菜園をしているというあっこちゃん。今まで畑に生ごみを入れると、くさいと周りから苦情があったそうですが、今日学んだことを、早速お母さんに教えてあげたいと言っていました。

さて、次は「活性液作り」と「米のとぎ汁活性液作り」。
調理実習の時のように、テーブルにはボウル、計量カップ、泡だて器などが並べてあります。

活性液は、木の花菌に糖蜜を加え、発酵させます。木の花菌は200種類以上の有用微生物が含まれる液体で、そこに餌となる糖蜜を加え、約40℃のお湯で溶かします。

木の花菌に糖蜜を加え、お湯でといていきます
木の花菌に糖蜜を加え、お湯でといていきます

微生物に餌を与えることで、微生物たちを活性化させるのです。2~3日するとペットボトルがパンパンに膨らみキャップを緩めるとプシュッとガスが抜けるくらい活性化してきます。

この活性液は、畑の作物に葉面散布(スプレー)したり、野菜の苗の水やりに毎日入れたりして、植物を元気にするために使う他、掃除の時に使うと汚れの落ちがよくなり、排水口が臭う時などに流し込むと、臭いが消えたりします。これらは微生物の働きによるものです。

米のとぎ汁活性液は、米のとぎ汁に木の花菌と餌となる糖蜜を加え、発酵させます。使い方は活性液と同じです。

米のとぎ汁と言えば、みなさん「水素水」というものをご存知ですか?
お米(玄米でも白米でもOK)を研ぐときに出る3回目のとぎ汁を密閉できる容器に入れて24時間(夏場は12時間)置くと「水素水」の出来上がり。
水素水は、体内の活性酸素を中和するので、飲むことにより老化防止、腸内環境改善、デトックス効果などの他、掃除の時に使っても汚れ落ちがよくなります。木の花ファミリーでは、キッチンさんが毎日作ってくれるんですよ。(詳しくは、白魔女の天然生活 at 木の花ファミリーをご覧ください。)

話を戻しますね。活性液と米のとぎ汁活性液を作ったら、ペットボトルに入れ、あとは人肌程度が適温なので、毎日一緒にお風呂に入ってもらって、発酵を進めます。ガスが発生し、糖蜜の匂いが消えて甘酸っぱい匂いに変わったら出来上がりです。微生物たちが活発に活動しているのがよく分かるはずです。

かつての真学校では、一緒に布団で寝て、布団の中で爆発してしまうという事件?やお風呂の中で爆発してしまったこともありました。今年は無事発酵させることができるでしょうか・・・?!(活性液爆発事件についてはこちらをご覧ください。)

全体を通して、受講生たちからいろいろと質問が出たりして、楽しい時間でした。オランダから参加している大学院生のニナは、国に帰ってからやってみたいと言っていました。

・・・という訳で、こんな風に、微生物や菌は、目には見えないけれど、とても身近なものなのです。

 

さて、どんな活性液ができあがるでしょうか
さて、どんな活性液ができあがるでしょうか

 


今夜はキッズディナー!

かつての受講生より、木の花ファミリーの問題点として挙げられた
「ごはんがおいしすぎる件」。

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この問題、現在も健在です。

そして今日、このおいしいごはんをさらにおいしくするイベントがありました。その名もキッズディナー♡

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これは、木の花の小学5、6年生の女子5人 ── 通称「5人ムスメ」が中心となって企画&実行するディナーイベントです。

5人ムスメ
5人ムスメ

まずみんなに何が食べたいかのアンケートをとり、それを元にメニューを決め、材料の調達から調理、配膳までを自分たちで行います。今回は真学校期間中の開催ということで、受講生には秘密のサプライズプロジェクト(と言ってもけっこうバレてたけど)として密かに進行していました。これまでに様々なイベントを企画・実行してきたムスメたちの、手際のよいこと!数日前から仕込みを始め、朝から作業できるようにとラスト2日間は泊まり込みで、年下のちびっ子たちも手伝って、今夜に至ったのでした。

さあそれでは、ムズカシイ講座の合間にちょっとアイスブレイク。「キッズディナーができるまで」を、どうぞ写真にてお楽しみください♪

仕込みは数日前から始まっていました
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厳しくもやさしいやじー先生
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お手伝いするちびっ子たち
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夕食を食べながら、紙の模型を使って盛り付けの打ち合わせ
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いよいよ当日。

赤じゃがコロッケ係のゆいと揚げ物名人のはるちゃん
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ロールサンドイッチ係のゆうゆと愉快な仲間たち
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たまごサラダ係のきよとあやな
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焼きカレー係のみの
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いちごスムージー係のみこ
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後ろにあやしい人影
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小さい子たち用に、できあがった料理を盛り付けていきます
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みんな興味津々
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一人ひとりに名前入り♪
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そしていよいよディナータイム!まずは受講生からどうぞ
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チーズがとろ〜り、焼きカレー
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外はサクサク、中はホクホク、赤じゃがコロッケ
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こんにゃくの燻製入りポテトサラダと薄焼き卵と人参のマリネを巻いたロールサンド。どれもこれも絶品!
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ムスメたちが盛り付けて一人ひとりに手渡していきます
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真学校の刺激ゆえか一昨日知恵熱を出し復活したけーごくん
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子連れ参加中のともえちゃん。
一昨日自己紹介で見事な花笠音頭を披露し、ブレイクしました。

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台湾から農を学びに来たリョウちゃんも、この笑顔
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ホールの周りにぐるりとできた行列
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いつの間にか肩もみ大会が始まっていました
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・・・デザートのスムージーは、おいしすぎて食べるのに夢中になって写真を撮るのを忘れました。

 

食事後、感想を語るムスメたち。それを聞くみんなの顔も幸せそう。
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こんな日常の中で、1ヶ月間の真学校は開催されています。

 

明日は早朝から宮ノ下広場に行き、みんなで朝日を見る「創造性と芸術」の講座です。皆さま、今宵はゆっくりおやすみください。^^

 

 


21世紀は 時代に乗ってスイングバイ

真学校が始まってちょうど1週間が過ぎた2月26日、受講生のめぐちゃんはいさどんと面談の場を持ちました。「自分の活かし方をもっと主体的に考えたい」というめぐちゃんに様々なアドバイスが伝えられた後、最後にこんな話がありました。

「区切りをつけるために真学校に来ました」と語るめぐちゃん
区切りをつけるために真学校に来たというめぐちゃん ー 写真は講座「創造性と芸術」より

いさどん:
これから自らの未来に対して、どのようなビジョンを持っていますか?何かが観えるのか、観えないのか、観えているとしたらそれをどうするのか。

めぐちゃん:
観えていないと思います。

いさどん:
観えないとしたら、それはとても幸せなことだよ。観えないということは、未知だから怖いということでもあるよね。しかし逆に言うと、観えないからこそ何かに委ねることができる。今まで自分の考えで生きてきて、人生にあまりいい印象を持っていないとしたら、自分の考えを手放すことは新しい世界に出会うチャンスでもある。だけど怖がりな人は、見えないとどうなるかわからないから、未知なるものを恐怖に感じるんだよ。
人は生まれてきて、それぞれの人生を歩むけれど、最終的には必ず死を迎える。その人生の卒業の段階で自らを振り返った時に、その価値は物理的なもので決まるのではなく、どの意識レベルで生を全うしたかということが大切だよ。どのような意識レベルで自らの人生を誇り、有意義に感じて、未練なく旅立っていけるかということの方が、これからは特に重要になる。最終的には一人ひとりが自分で結論を出すことだけど、僕は誰しもそのように生きてほしいと思っているよ。
今回の真学校の受講は、あなたにとってとてもいい区切りになるね。

めぐちゃん:
区切りをつけるつもりで来ました。真学校が終わった時には、心境に何らかの変化があるだろうと思っています。その新しい心境で動き始めるしかないというところまで自分がきている、という意識でいます。

いさどん:
それならば、そのことも自らの中に入れながら真学校の受講を続けていくといいね。地球暦からあなたを読み解くと、緻密にものを観ることが欠けていたり、勉強はしても自らの意志で自分を切り替えていくことをしないということが読み取れる。それは、時期が来ないと動かないということでもあるね。もうひとつ、何が大切なのかと思考はするけれど、けじめをつけてピシッと行動しない。思いはあるけれど、けじめがつけられない。

めぐちゃん:
そうだと思ってました(笑)。

いさどん:
それはどうしたらいいのかというと、何かに乗ればいいんだよ。一番いいのは時代に乗ること。しかし誰もが時代を読めるわけではないから、たとえばこの真学校を受けるのはいいきっかけになるね。自らの意識を創っていくことになるから。今の時代を生きる人々は大きな時代の節目にいるのだから、それに乗っかって一緒に行けばいい。

たとえば、日本が小惑星の観測衛星を打ち上げたでしょう?アメリカが天体を探査する時にも、まずロケットを打ち上げて、地球の周回軌道に乗せるんだよ。そこから周回軌道を離れて目的の星に行く時に、ロケットの推進力だけではものすごく時間がかかる。では何を推進力にするのかというと、地球の重力を利用するんだよ。地球の重力を利用しながらその周りを回って推進力を上げ、あるタイミングで目的の方向に向かってピッと軌道修正してやると、地球の軌道を離れて目的地へ向かっていく。これをスイングバイと言うんだよ。ロケットだけではそこまでやれないから、地球の推進力を利用するんだ。

めぐちゃん:
『オデッセイ』という映画にその話が出てきました。

いさどん:
自分の能力で目的地に行けたら言うことはないけれど、プラスαという意味では、この真学校もスイングバイだね。そういうふうに使い方を考えればいい。なんでも自分でやらなければと思う必要はないんだよ。

もっと力強いスイングバイは、2012年12月21日の銀河の冬至から始まった、新しい時代の流れ。僕はこれだと思う。この時代の区切りのタイミングに乗って、今人類は、21世紀の新しい時代にスイングバイすればいいんだよ。
しかし多くの人は、それを利用したがらないね。新しいところへ行くことを怖がっていたり、未知なるものを理解できないから嫌だと言っているが、そんなことはどうでもいいんだよ。見えようが見えまいが、時代はそのように進んでいる。怖かろうがわからなかろうが、まずはドーンとそこへ乗っていくと、新しい景色が見えてきて「何だ、こういうことだったのか!」となるんだよ。そこに乗らなければ、賞味期限を迎えて終わっていく時代の流れに恐怖を感じることになる。

めぐちゃん:
今朝目が覚めた時にふっと湧いてきた言葉があって、それは「わからないものに寄り添っていく」ということでした。

いさどん:
それこそ天の声ですよ。あなたに向けた、神さまの声です。

めぐちゃん:
起きたばかりで忘れてしまうと思ったので、それだけすぐに日記に書き留めました。

いさどん:
そういった閃きから生まれた発想を僕はずっと語ってきました。講座でも子どもミーティングでも大人ミーティングでも語って来ましたが、僕はこのように人間の姿をしているものだから、人はそれを聞いてもなかなか天の声としては受け取らないね。しかしあなたが朝目覚めて、ふっとそれが湧いてきたのだとしたら、それこそが天の声です。それを活かしていくことです。自分で計算して幸せをつかもうとしているようでは、それこそ昨日観たNHKの『稼げる大人になる!?~加熱する受験競争』という番組に出てきた人々のように、亡者のように生きることになってしまう。もっとエンジョイしながら、時代の変遷を楽しんでいけるといいね。
人間は地球に対して責任があり、これからの時代の人々はその責任を果たした結果、未来の優れた時代を地球と共にエンジョイできるようになる。時代の要請を受け、本来求められるべき道を歩もうと思ったら、自分の意志を捨てること。自分の意志を捨て、天の意志に沿う。そうすると、最もあなたが活かされるようになるよ。
とにかく3月18日の真学校の修了までを過ごしてみましょう。その中でいろいろな心の変遷をたどりながら、観えてくるものがあるでしょう。そしてあなたが自分で自分に結論を出すことです。

めぐちゃん:
今まで仕事をしてきた中で、仕事自体は充実していたけれどだんだん孤独感が募っていました。

いさどん:
あなたがそう感じるのは、あなたに旬が来ている時に、周りの人々が相変わらず業績とかお金とかいうものに取り込まれて生きていたら浮くからでしょう。浮くと言うと悪いことのように聞こえるかもしれないが、それはもうそこには合わないのだから他のルートへ進みなさいというスイングバイでもあるんだよ。それは後押しであり、神さまのメッセージだね。たとえば、あるタイミングで病気になることも、それまでの生き方の結果として病気になったのだから、そこに気付いたらそろそろルートを変えなさいというメッセージでもあるんだよ。そうやって、活かしあっていけばいい。

ものすごく大きなエネルギーが使われて地球が動き、時代が動いている。それに比べたら我々一人ひとりのエネルギーなんてないにも等しいのだから、個人の願望がどれだけあろうと、時代の波に対してはどうしようもない。だから逆に、その大きなエネルギーを利用すればいいんだよ。人類はこれまで、個人的に生きることにエネルギーをかけ過ぎた。だからこそ、これからの人は群れて生きる必要がある。みんなのエネルギーを使いながら、みんながそれぞれを活かしあっていく。それもスイングバイだ。これが新しい時代の、極めて効率的な生き方だ。

 


 

<後日談>

それから2週間近くが過ぎた3月10日の夜、ファミリーメンバーと受講生が参加する「大人ミーティング」の場で、上記の文章がシェアされました。文章が読み上げられた後、いさどんはこう言いました。

「今改めてこの文章を聞いていたら、面談の時の感覚がリアルによみがえってきました。あの時のめぐちゃんからすると、今のめぐちゃんは別人だね。もうスイングバイした状態になってるよ。」

上記の面談以降、めぐちゃんはどんどん変化し、講義中もいさどんとの掛け合いの中で宇宙の本質をひも解く発想が次々と湧き出すようになり、今では独自の視点を積極的にシェアして全体の学びを深める役割を果たすようになりました。その言葉には力強さがあり、受講当初のめぐちゃんとは確かに違っています。

めぐちゃん
あふれだす発想をシェアして、場を活性化するめぐちゃん

「3月3日のお誕生日会の時に受講生で人形劇の出し物をしたけれど、あの日を境に自分の中で何かが切り替わった感覚がある」とめぐちゃん。(詳しくは、後日掲載予定のめぐちゃんの日記をご覧ください。)

一人の変化は、世界の変化の第一歩。
明らかに、未来へつながる新たな動きが始まっています。

 

餅つき大会で餅つきに挑戦するめぐちゃん。「とりゃ~~~!!」
餅つき大会で餅つきに挑戦。「とりゃ~~~!!」

 


おいしいチャイをありがとう

ただ今木の花ファミリーでは、真学校と並行して3月21日オープンのカフェ&ショップ「ロータスランド」の準備が進んでいます。料理はもちろん、ドリンクもチームを結成してメニュー開発からおいしいお茶やコーヒーの淹れ方まで日々研鑽を重ねている中、「毎日チャイを飲んでいる」というチャイ・ラバーの受講生、めぐちゃんが、自ら開発したおいしいチャイの淹れ方を直々に伝授してくれることになりました。

自宅からオリジナルブレンドのチャイを持ってきてくれためぐちゃん
オリジナルブレンドのチャイを持ってきてくれためぐちゃん

「真学校の1ヶ月間はチャイ断ちだな、と思っていたら、こんなことがあるなんて」と笑うめぐちゃん。なんと、先日用事があって一時帰宅した際に、オリジナルブレンドのチャイを持ってきてくれたのでした。というわけで、昼休みを使ってレクチャー開始!

めぐちゃんオリジナルブレンドのチャイ
めぐちゃんオリジナルブレンドのチャイ

本場インドでは沸騰させてぶわーっと沸き立たせるのだそうですが、そうすると鍋を洗うのも大変だし、沸き立たせなくてもやさしい味わいのおいしいチャイができるんですよ、と、ていねいに一つひとつのプロセスを説明してくれました。

メモを取るドリンクチームのやすこ&ラブ
メモを取るドリンクチームのやすこ&ラブ

その後ろで同じくロータスランドの緑茶シフォンの試食をするデザートチーム。

「チャイは温かさが大事だから、カップを温めましょう」とカップを温めようとしたら・・・・ない。急きょやすこがカップを取りに走り、としちゃんお手製のカップを持ってきました。

茶こしを使って注ぎ入れます。
茶こしを使って注ぎ入れます。

さて、お味のほどは?

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うまい!!!

ほんとにおいしかったです。さすがチャイ・ラバー。そのあと木の花の茶葉でも作ってみましたが、さらにおいしかったです。これできっと、みなさんにおいしいチャイをお出しできます。

実は、受講生は最初の1週間の間に大人ミーティングで自己紹介をするのですが、めぐちゃんが自分を表現するものとして紹介したオリジナルのはんこには、蓮の花(ロータス)が刻まれていました。これもご縁なのでしょうか。

めぐちゃんのオリジナルはんこ
めぐちゃんのオリジナルはんこ

ロータスランドは、オープン前の真学校期間中に営業のシミュレーションを行う予定です。もしかすると、受講生のみんながお客さま第1号になるかも?(^^)

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めぐちゃん、どうもありがとう♪

 


4日目午前「カタカムナ1」 ~ 認識できない世界をひも解く

6時間では到底理解できない奥深い世界、カタカムナ。以下、講座の内容をご紹介します。あくまでもダイジェストであることをどうぞご了承ください。(カタカムナを学ぶにあたっての心がまえについては、本講座の冒頭に語られたお話をご覧ください。)

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いさどん:
ここに、カタカムナに80首あるウタヒの中の第5首、第6首の解説があります。表の物理性の解説と同時に、裏の性についての解説が載っています。
かつてここでカタカムナ勉強会の講師をやっていた人は全国各地で勉強会を開催していたのですが、カタカムナの勉強会を始めた頃、カタカムナの真実はこの裏の部分に秘められている、ということで、勉強会でその奥義を説き始めたら、まず女性が来なくなったそうです。そしてそのうちに人が減っていきました。女性が先に来なくなったということは、女性がいかに性に対してネガティブなイメージを持っているかということを表しています。それをひも解いていくと、男性がいかに雑なセックスをしているかということです。そして女性は受け身ですから、その間違った性が浸透していったのです。
その講師の人は、それ以来勉強会でも性について触れなくなりました。しかし僕は、そこに踏み込んでこそ、カタカムナの神髄だと思っています。もっとも、そうすると人が来なくなるのかもしれませんが。

人は自分の色をつけてものごとを見ています。性に対する認識がこれだけ歪んでいるのは、それだけ世の中が汚れているということです。そう言うと、自分のことは置いておいて「そうだ、世の中が汚れているから私は大変なんだ」と被害者になる人がいるのですが、あなた自身が汚れているのですよ。だからまず、あなたがきれいになることです。

それでは、スライドを見ていきましょう。

01

「カタカムナの世界観を現代に生かす」というのは、とても深いことです。

現代の人々は大脳思考です。そしてヨコシマ(邪)と言って、その思考は邪ですから、損得勘定の二元的思考をしています。しかし人間は地上を生きる生命として、本来は縦思考で、直観に従い、生きるべき生き物なのです。それは自らの都合で思考を回すのではなく、生きる上で必要な生命観は自ずと湧き出してくるものです。
縦というのは、天に通ずる、この世界の仕組みの柱となるものです。それを「トキ軸」と言います。それに対して、そのトキ軸に沿って回転し、この世界に現象を生み出すはたらきを「トコロ軸」と言います。

人間は、DNAの中に宇宙の始まりから今までの成り立ちを、情報としてすべて持っています。しかし現代の人々は、脳の10%程度しか使っていないため、そういった内に秘められた情報を活用することはほとんどありません。では残りの脳のはたらきは何なのかというと、宇宙を生きるためのアンテナとしての情報です。天から降りてくる様々な情報をキャッチしたり、自らの中から湧き出してくるものをつかむのです。
今、25800年ぶりの銀河の冬至を越えて、これまでのヨコシマな損得勘定から、縦思考と横思考のバランスを取る時代に入りました。一般のカタカムナの勉強会ではこのような話は出ません。これは、地球暦やこれまでの人類の歩みをここで独自にひも解いていく中で、観えてきたことです。

「因果応報」というのは、今ここにあなたが存在していることの仕組みです。何かが発生したり存在するということは、必ずそこに至る原因があります。そしてその結果がまた次の原因となって新たな現象を引き起こし、延々とつながっていくのです。そして振り返った時に、その軌跡があなたの人生です。
原因に対して相応しい結果が現れる。それが因果応報です。原因、結果、原因、結果という連鎖を延々とくり返し、それをすべてつなげて観ると、そのひとつらなりの流れの奥に物語が観えてきます。そして、誰もが一人ひとり独自の物語を持っています。宇宙にも、誕生からずっと続いている物語があります。宇宙は誕生、維持、破壊、空、そしてまた誕生というサイクルをくり返していますから、その物語には終わりがないとも言えるでしょう。その物語が観えた時、因果応報の奥にある天の意志が観えてきます。
それを観るためには、自らに囚われているようでは観ることはできません。自らの視点からちょっと離れて、いったい自分はどういう歩みをしているのだろうかと客観的に捉えることが必要です。自らのクセというのはなかなか見えないものですが、ちょっと離れてみることでそれが観えてくるのです。

「一度止まる」と書いて、「正」という字になります。今自分がどのような歩みをしているのかを、いったん止まって、離れて観る。それが客観視点です。

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私たちは現象世界にいて、その奥にはすべての源である潜象界があります。そこまでの構造を理解すると、客観背後と言って、すべての現象の背後にあるこの世界の意志が観えてくるのです。それは意志を持っていますが、持っていないとも言えます。それは何も私たちに意志表示をしない、この世界が成立するための存在です。それを神と呼ぼうが法則と呼ぼうが物理性の元と呼ぼうが、何でもいいのですが、それが観えてくるのです。

02

人生は不可思議です。主観が強い人は、他の人も自分と同じように考えて生きていると思っています。では主観に囚われずに生きている人がどれだけいるかというと、ほとんどいません。誰もがオリジナルです。それを、さも普通であるかのような顔をしてごまかしていますが、「人格を学ぶ講座」ではその一人ひとりの独自性をひも解いていきます。

人間というのは、嘘つきです。僕はたくさんの人の人生相談を受けてきましたが、まずみんな、口から出てくる言葉と奥に持っている心が違います。ですから僕は、その奥の心を観ます。相手の言葉をそのまま受け取ったりはしません。それが客観です。
その時に僕を上手にだましたとしても、それは正確なアドバイスがもらえないということですから、その分損をしていることになります。一番は、とにかく正直になることです。「こんな恥ずかしい事は言えない」と思っても、僕は今まで1万件以上の相談を受けてきて恥ずかしい話なんて山ほど聞いていますから、全然珍しくないのです。
人間は嘘つきです。ペットは人間に近いから嘘をつくかもしれませんが、自然のものは絶対に嘘をつきません。人間が嘘をつくのは、それだけ高度の生き物だということでもあります。だから曲がりくねったでこぼこの道を歩んでいくのです。先日北朝鮮の金正男氏が暗殺されたというニュースがありましたが、報道されていることはどこまでが真実でしょうか。世界は嘘でできています。そこから真実を観抜く力を持つ。それには、自分の心を磨かなければ観えません。

でこぼこ道の奥に、この世界を存在させている大いなる意志があります。こんなにひどい世界を創って、いったいその意志は何をしようとしているのでしょうか。僕は不満に思い、それを神様に問いかけたことがあります。するとこんな答えが返ってきました。

「この世界を私の実体とみて、不満を言うならば、
その意志を見分けられるおまえになれ。」

おまえが不満を持って疑っている限り、真実は観えないだろう。周りがどうであろうとも、正直でありなさい。常に正しくものを観ることを心掛けなさい ──── そう伝えられました。

03

自分がもやもやとした雲を創っていては、見えてくるものももやもやでしかありません。そしてもやもやの人ほど、それを絶対だと思っています。そして何か新しいものに出会うと「これが真実だ」と飛びつき、また別の何かに出会えば「これこそ真実だ」というように、ころころ変わっていくのです。
それが人生だとも言えます。ですから、もやもやの中にいてもいいのですよ。それがもやもやだとわかっていればいいのです。しかし、もやもやだとわかっていない人は、そのもやもやにごまかされていきます。

04

正確に言うと、循環する前に振動し、自転し、公転し、歳差運動をして、そして循環しています。その身近にある代表例が地球です。そしてそれと相似形をなしているのが、我々の体です。細胞です。原子です。素粒子です。
カタカムナでは、素粒子よりさらに小さな存在である宇宙最極小微粒子を「カ」と呼びます。素粒子は観測できますが、カは観測することはできません。それはこの世界のすべての現象が発生する前の素材です。ですから、「ない」のです。「ない」ところに「ある」微粒子 ――― それが「カ」です。

めぐちゃん:
それはダークマターのことですか?

いさどん:
「カ」は、アマハヤミと言って、光の速さの10の64乗倍の速さで宇宙空間を飛び回り、そしてある時、現象を創りたいという想いが宇宙に湧いたとしますね。そうすると、その縁を元に「カ」はヒフミヨイと数理の道順に従い、「密かに」「震え出して二つになり」「満つって」「横に広がり」というプロセスを踏んで、「位置」が決まり、そこに「マ」という空間ができ、「ワ」という球体になります。「ワ」(=球体)ができるとは、その中に空間ができるということですが、ここには実は何もないのです。

宇宙はすべて、その空間のへりにできます。我々の銀河もそこにあります。するとこの空間は、とてつもなく広い、何もない世界です。それをダークマターと名付けてもいいですが、それが何であるのかは解明できていません。ホワイトホールやブラックホールという捉え方もありますが、それもまだ不確かなものであり、今わかっているのはここまで、としておいた方がいいでしょう。

ブラックホールがすべてを吸い込むとしたら、その行き先はどこなのか。ホワイトホールから噴き出してくるとしたら、それはどこから噴き出すのか。それをどう認識するのかと言ったら、我々が認識できない世界があるということです。それが、現象界、即ち「ある世界」の源である、潜象界、即ち「ない世界」です。

「ない」のですから、私たちには認識できません。ところが、その「ない世界」を理解しないと、この「ある世界」のことを本当に理解することはできないのです。ダークマターというのは認識しているということですが、本来はそれをダークマターとも言えません。認識できない世界にあるということです。

05

世界には様々なことが起きています。戦争があり、災害があり、病気があり、貧困があり、経済の破たんもあれば、トランプさんが出てきて何をするかわからないという状況もあります。これは、悪いことでしょうか?それを体験して「痛い」と思えば、嫌だと思うかもしれません。しかし、それを体験するということは、この世界の表現の可能性を知るということです。

この世界はすべて、陰と陽の対向発生によって成り立っています。そうすると、この世界を理解するためには、陰と陽の関係から離れて全体を観る必要があるのです。もしくは、こちら側にいるものは、向こう側に行き、こちら側を見ることによって初めて自らを知ることになるのです。
現代物理学は、現象世界を解析してきました。しかしどんなにこの現象世界だけを解析したとしても、現象世界が陰陽のどちらか一方であるとするならば、必ずそれを成立させるもう一方の存在があるはずであり、そこを理解した目でこちらの世界を観ることにより、初めてこの世界の構造がわかるのです。
人類が物理的にこの世界を理解するためには、今いる現象世界と対であるもう一方の世界へ行ってこちら側を見るか、もっと確かな情報を得るには、両方の世界を離れて全体を観ることです。ではそうするためには何に乗っていけばいいのでしょうか。今確認できている宇宙のスケールは数百億光年とも言われていますから、光の速さの乗り物に乗ったとしても宇宙から離れるには数百億年かかるということです。そんなことは物理的に不可能でしょう?ですから、現代物理学でこの世界をひも解くには限界があるのです。

そこで僕は、カタカムナが現代に復活したのだと思いました。その昔、カタカムナ人は、この「ある世界(現象界)」の奥に、それを成立させている「ない世界(潜象界)」があるということを、13000年前に理解していました。そして「ない世界」の働きが「ある世界」を表しているということを知っていました。この捉え方が現代物理学に反映されれば、物理はさらに発展することでしょう。そこから先は、人間の思考が大脳思考ではなく松果体思考、つまり直観思考になると、動き出します。
ところが今の多くの科学者はそういったことを認めませんから、そのままでは行き詰りますね。特に西洋科学を絶対視する人たちはそうです。脳の構造を変えなければこの先はありません。物理学とは何の関係もないこのような場所でそんなことが語られているのも、面白いですね。
物理学を始めとする近代科学は現代社会の発展に寄与しましたが、では人間の日常生活にどれだけの豊かさをもたらしたのかというと、今ではむしろ害をもたらしています。これは近代科学を否定しているのではなく、一方に偏ったものに、もう一方にあるものを合わせていくと、次の世界のステージが観えてくるということです。この世界を運営している存在は、一体全体何のためにこの世界を創ったのか、そしてそれを受けて人間はどうしたらよいのかということが、今ようやく語られ始めたということです。

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これは月の満ち欠けです。それが地球の海の満ち引きをつくり、生命が発生しました。生命の起源は光だと言いますが、光だけでは駄目なのです。つまり、光(陽)に対して闇の働き(陰)が必要です。ちょうど良い距離に太陽があり、ちょうど良い距離に月が生まれ、双方の働きが陰陽となって地球に生命が誕生しました。

陰は女性性を現します。女性の生理は生きることの基本であり、それは月と連動しています。男性の生理は精子の生産ですが、これは毎日行われています。それは太陽のリズムです。肉体的には男性が陽であり、女性が陰です。それを善悪や損得のような二元論で捉えると、男は陽だから表にいて、女は陰だから陰にいて従う存在だというような封建的な捉え方にもなります。近年、世界中がそうでしたね。
しかし、それは違うのですよ。本当は、この「ある世界」と「ない世界」の関係も、すべては陰が元になっているのです。生命もすべて女性から始まっています。ですから、「霊主体従」という言葉が表すように、陰が主であり、陽が従なのです。
長い間、権力やお金、物理的な優秀さなど、そういった陽的なものが主となり、心を従とする時代が続いてきました。今、時代はその切り替え時を迎えています。文明的にも、これまで世界をリードしてきた、物事を細分化して科学的に捉える西洋型文明から、世界を統合的に捉えその奥を観る東洋型文明に切り替わる時が来ています。例えば病気になれば、西洋文明ではその症状を物理的に治すことに専念しますが、東洋文明ではその病気の要因となる奥の気や心を観るのです。

あるものが現れて栄えていくと、それは月の満ち欠けと同じように必ず頂点を迎え、やがて欠けていきます。その時に、それと対向発生し、潜んで奥で支えていたもう一方の存在が、入れ替わりに現れてくるのです。

それでは、カタカムナの世界を具体的に観てきましょう。

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いさどん:
この図は、この世界の仕組みを二元に落とし込んで表現したものです。とてもわかりやすいですが、実際はこの世界は二元ではありません。

みかこ:
この図では左側が潜象界で右側が現象界というように分かれていますが、実際はこんな風に単純に区切られているわけではなく、潜象界はこの世界に重なってあるものです。

いさどん:
僕はある時、この現象世界の空間にふっと切れ目が入って、そこからふわーっと何かが出てくるのを感じました。何とは言えませんが、何かが来る。そして、それが「カ」なのだと思いました。これが供給されることによってこの世界が創られ続けているのだということを感じたのです。
なぜそれが観えるようになったのかというと、この世界の物理性を理解してきたからです。「カ」は宇宙最小の微粒子であり、すべての現象の元となるものです。そういった仕組みを人間は、宇宙の発生、維持、破壊、消滅までの仕組みを理解すると、意識的にその原動力である「カ」を潜象界から引き出すことができるようになります。人工によって汚染されていない純粋なエネルギーを引き出すことで、この世界に「イヤシロチ」(汚れのない生命力にあふれた場)を創り出し、美しくしていくことができる。そこまでの域に人間は達することができるのだと気付いたのです。
逆に、この仕組みを理解していないと人工の世界の中だけでぐるぐると意識を回し、人工的な歪みを増幅させてどんどんこの世界を汚していく(ケガレチ)ことになります。潜象界はこの世界のあらゆるところに重なって存在していますから、人間がその意識になれば、どこからでも「カ」は供給されるのです。例えば畑に行って「人間の欲で汚れているな」と感じたら、欲のない美しい心で作物に語りかけます。するとその空間から新しい純粋なエネルギーが作物や土に供給されて、美しく濁りのない作物が育つのです。

この図を見てください。私たちが通常認識している世界は、現象界=カタの世界です。「カ」は宇宙最極小微粒子であり、それが「タ」即ち分離独立したものが「カタ」であり、それが持続する(=チ)と「カタチ」となります。カタの世界は「見える世界」です。
その奥に、「見えない世界」があります。例えば心は見えませんね。見えませんが、カタチである顔の表情を見ていると、その奥にある心が観えてくるでしょう。ところが人間はそれを隠しますね。カタチで隠すのです。その隠れて見えないものが、この図にある「思い」「幽」「心」「言霊」といったものです。この見えないものが見えるものと重なり合って、人間が形成されます。人間だけでなく、あらゆるものがその仕組みで成り立っています。そしてすべての存在は、固有のサイクルを持っており、人間なら80年、ネズミなら数ヵ月、星なら数百億年というように、それぞれのサイクルがあって生命が維持されています。それがカタの世界です。宗教で言う霊とは、一般的にこのカタの世界の中の「見えない世界」の存在を言います。そして「見える世界」と「見えない世界」を、因果がぐるぐると回っているのです。

この現象界に対し、対向発生をしている潜象界の存在をひも解いているのがカタカムナ宇宙物理学です。その潜象界には何があるのかというと、すべての音のふるさとの響きです。響きはすべての源です。宇宙空間も実は響きなのです。
潜象界では、48の音は単独で存在しています。それが現象界へやってくると、縁が発生して他の音とつながり、意味を成すようになります。潜象界では「ア」と「イ」というように単独で存在していたものが、現象界へやってくると、それが縁により結ばれ「アイ」になるのです。
潜象界は、濁りや歪みのない世界です。それは極めて美しい状態です。ですからそれを理解するためには自らを無垢の状態にしなければなりません。先入観があっては、それをわかることはできないのです。

潜象界から現象界へ生まれ出てくると、様々な形状を持つようになります。それが自然の命の多様性です。そしてそこには「差」があります。形状の差、役割の差。そしてそれがネットワークしていくのです。
潜象界には差はありません。ネットワークもありません。それが現象界へやってくると歪みが発生して差が生まれ、ネットワークする。それが命の世界です。その歪みとは美しい歪みであり、そこでは一つひとつの差は個性なのです。
ところがそこから人工の世界へ進むと、カルマや人間の思惑による人工の歪みが発生します。それによって今、自然が汚染されているのです。それに対して、人々がどう解決しようとしているのかと言うと「自然保護」だと言うのですが、それは違います。人間の心が汚れているから、自然も汚染されているのです。

それを美しくするには、現象界の奥にある潜象界までを含めたこの世界の構造を理解し、人間が自主的に自分自身を美しくすることです。そうすると、人工で汚染されたものは潜象界へと還り、そこからまた新しい新鮮なエネルギーが供給されるという循環が生まれ、自然は自ずと美しくなっていきます。
「自然保護」というのは傲慢な言葉です。自分たちが汚染の根源であるのに、自然を「保護」しようと言うのですから。そんなことを言う前に、自らの心を改めることです。

まずは、あなたから。あなたがきれいになると、それが世界に広がって、必ず世界は美しくなるでしょう。

 

 


4日目午前「カタカムナ1」導入 ~ もっとも“わからない”講座

第4日目は、この世界をひも解く神髄とも言えるカタカムナの講座です。まずは冒頭のいさどんのお話から ──── 。

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いさどん:
今日は、カタカムナの世界観を学びます。ただし、これはカタカムナ宇宙観の入り口です。

13000年前の宇宙物理文明

カタカムナの世界は、とても深いものです。真学校では2コマ6時間をカタカムナに充てていますが、それだけでマスターすることはできません。6時間で学べることはほんの概要であり、深い世界を粗く見て「ああ、そういう感じなのか」ということをつかむためのものです。
真学校の初日に、皆さんにわからないことを伝えていきます、とお話ししました。それをわからないからと言って切り捨ててしまうと、新たな世界観を認識することはできません。このカタカムナの講座が、まさしくそれです。なるべく皆さんが理解できるようには進めていきますが、それで皆さんが本当にその神髄をつかめるかどうかはわかりません。

実は、今カタカムナの世界観をマスターしている人はこの世界にいないだろうと思います。
カタカムナは、およそ13000年前に東アジアに栄えていた宇宙物理文明であり、とても深い世界観を持っていましたが、やがて時代が進んで物質的文明が台頭してくるに従って衰退し、長い間封印されていました。そして1949年、楢崎皐月という明治生まれの物理学者が、兵庫県の六甲山系の金鳥山というところにあるカタカムナ神 ──── 正式には保久良神社というそうですが ──── そこで平十字という老人と出会い、神社の御神体として伝えられているという記号のようなもので書かれた巻物を見せられ、それをひも解き始めたことから、再び世に現れ出したのです。それは第二次世界大戦が終わってから4年後のことです。
楢崎皐月という方はとても優秀で集中力のある方だったのでしょう。それから5年間をかけて、巻物に書かれていた文字を解析し、48音の意味をひも解いていきました。この文字が、カタカムナの「八鏡文字」です。そして、カタカムナをひも解けばひも解くほど、彼一人の力ではそれを解析できないということがわかってきました。そして後に、宇野多美恵さんという女性と、その妹に出会います。そして3人で力を合わせてカタカムナ文献をひも解いていったのです。

これが八鏡文字です。

カタカムナ第5首・第6首
カタカムナ第5首・第6首

この文字が、カタカナの元になっていると言われています。
「マワリテメクル」というのは、地球の自転と公転のような物理性を表しています。そしてもうひとつ、この世界は「対向発生」と言って、陰と陽のように相反する二つのものが同時に存在することによって成り立っていることも表しています。
カタカムナには、この48音を組み合わせた80首の「ウタヒ」があり、一説によると120種以上あるとも言われています。それはこの世界の命の仕組みを表したものです。48音の一つひとつにそれぞれの意味があり、それをつなげることによって命の仕組みである物理性を表しているのですが、それをひも解いていくのはとても難解なことです。最初に発見された文献には、この図のようにフリガナが打ってあったわけではありません。それをひも解いたのですから、楢崎さんという方は素晴らしい頭脳と創造力の持ち主だったのでしょう。
80首のウタヒをひも解いていくと、「表」のカタカムナの解説があり、表を陽とするならばそれと対になる陰、即ち「裏」の解説があります。表は宇宙の物理性を説いています。裏は、性についての解説です。男女が交わることの意味や、それによって何が得られるのかということが示されています。

最も小さなコミュニティ、男女の出会い

人は生きていく上で、群れて社会を創ります。その時にできる最も小さな単位のコミュニティとは、男女の出会いです。それが対向発生です。1+1は通常2ですが、男女が出会えば子どもが生まれて3になります。それが家族というコミュニティの始まりです。家族というコミュニティが集まって一族ができ、そして村ができ、町ができ、社会ができていくわけですから、家族というコミュニティが健全であることが世の中の健全につながります。
昔から、多くの人が理想郷を築くことを目指してきました。しかしほとんどの場合、実際に理想のコミュニティを目指し、立ち上げても、長続きはしませんでした。歴史の中でユートピア運動というのは世界中にあり、日本でも多くのコミュニティが立ち上げられてきましたが、今も存在しているところがどれだけあるでしょうか。密度高く安定している場としては、木の花は代表的な事例です。
多くのコミュニティが長く続かない原因は、お金と性の問題です。これをクリアすると、コミュニティは安定します。性の話というのは多くの人にとって秘め事であり、みんな表に出そうとはしません。しかし、「性」とは「聖」と同じなのですよ。

「セイ」をカタカムナの単音でひも解くと、「セ」とは「せまい」とか「エネルギーが集中している」ことを表します。「イ」とは「位置」であり、「ヒフミヨイ」の「イ」ですから、これから現象化する用意が整ったことを表しています。つまり、「セイ」とは狭い位置に密度が集中しているということですから、「性」であれば女性器に男性器が結合していることを表しています。「聖」ならば道を究めていって高く狭い位置に到達し、そこで安定している状態を表しています。下の方の世界では価値観が様々にあってバラバラの状態ですが、そこから極めていって確固たる高次の精神の位置に到達したということです。「清」も「セイ」と読みますね。いろいろと汚れている世の中で、余分なものをそぎ落とし、美しく清らかな状態になったということです。

カタカムナの80首とも120首とも云われるウタヒをひも解いていくと、その7割から8割は、性についての本義が示されています。表は宇宙の物理性の解説ですが、裏には、性から紐解かれる命の解説が明快に示されています。聖なる男女が交わることによってどのような境地に至るかということが綴られているのです。
それは、現代のアダルト産業が描くような性の世界とは、まったく違った世界です。しかし現代の多くの人々は、そのような聖なる描写に出会っても誤解をします。なぜ誤解するのかというと、その人自身が、性に対して誤解をするようなレベルの認識しか持っていないからです。

「怪しい」は自分の中にある

僕がいかに真剣に、熱意を持って、その人のために、世の中のために真実を語ったとしても、人はどこかに自分の常識というものを持っており、そこから外れたことを聞くと「それは怪しい」と判断します。では何が怪しいのかというと、その人自身の中に怪しいものの基準があるのです。

本来、性とは聖なるものであり、神聖なものですよ、その聖なる精神性に則って交わることは、それにふさわしい神聖な魂を天から降ろし、優れた精神の人が世に現れ、世の中を良くしていくのですよ、と語ると、「その通りだ」と思う人もいれば、自らの性に対するイメージを重ねて「あんなことを言うなんて怪しい」と思う人もいます。現代の一般的な性の認識しか持っていない人は、性と聞くとすべて自分の中のイメージにつなげて、それは欲情をそそるものでよこしまなものだと決めつけます。女性の場合、性の出会いが不幸で嫌悪感を持っている人も少なくありません。みんな自分の中のイメージで「性とはこういうものだ」と決めつけているのです。

僕の話を聞いて「怪しい」と言う人は、実際にそのものを認識しているわけではありません。それ自体を客観的に捉えるのではなく、自分の中にある認識をそこに投影して見て、想像しているのです。
人間は恐ろしいことに、ものごとの真実を確認せずに、自らの中にあるイメージを重ねて事実とは違う幻想を創り上げ、それを独り歩きさせていきます。それは間違いを独り歩きさせているようなものです。その結果、真実と間違いのギャップが生じ、そのギャップを生きることになります。それは人生に間違いの種を播き続けることになりますから、必ず未来に間違いの芽が出ます。
その時に、本人には自分が間違いの種を播いてきたのだという認識がありません。ですから間違いの芽を見て、いったい誰がこれを播いたのだろう、なぜ私がこんなものに出会わなければいけないのだろう、と思うのです。すべて人のせいになるのです。そうすると、その人の人生にはさらに間違いが起きるようになります。

理解を超えるものを受け取る

昨日、「世界観を広げよう」という講座をやりました。その中に、心を磨くことの大切さが出てきます。なぜ世界観を広げることが必要なのかというと、視野が狭いと自分がどこにいるのかが観えないからです。広い視野の中で様々な認識に触れると、その中で自らがどのような位置にいるのかがわかり、自分の思考がどのようなものであるのかを客観的に捉えることができます。
ところが、狭い枠の中で自分の見える範囲のものだけを見て生きていると、それが世界の全てだと思うようになります。中には、自分の今の状態は他者や世の中のせいだと言って被害妄想になっている人もいます。そのように自らの視点だけで生きていては、世の中に間違いの認識を広めていくようなものです。だから世界観を広げることが必要なのです。

その時に、自分の理解できることだけを受け取っているようでは、世界観は広がりません。多くの人は狭い枠の中にいて、自分の理解できないことは間違いだとしています。しかし、カタカムナを生きるということは、今の世の中の人々が認識していない、新たな道を歩み出すということなのです。
僕は昔、この道に出会った時に、最初は自分が精神分裂病になったのかと思いました。自分の中に言葉が降りてくるのです。そういうことが、人間にはある。どうやら自分は、そういう人になってしまったようだ。そう思いました。

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しかしこれは実際に怪しい話です。一歩間違えば魑魅魍魎(ちみもうりょう)の不確かな世界にも通じるからです。よくテレビにも霊能力者と言われるような人々が出てきますが、そういった世界にも通じるもので、人々を惑わせることにもなる危険なものなのです。ですから僕自身も、そのような状態の自らを疑いながら歩んできました。しかし、疑いながらも、そうなってしまったものはなってしまったのですから、仕方がありません。「これはどういうことなのだろう」と歩みを止めることなくそれに付き合ってきました。そうして、ここまで歩んできたのです。

真実はひとつ

自分が出会ったものは何なのかということを突き詰めていくと、その人の精神構造のレベルの位置に到達します。皆さんも、いろんな本などを通してスピリチュアルな世界に出会っていると思いますが、それを教科書のように崇めていては、それを発信している人の精神レベルを超えることはできません。何かを経典とした時点で、その先の道は閉ざされるのです。

しかし、この世界は広大なものであり、情報は無限にあります。自分自身を空っぽにして、自身の中に定着したものだけが、得たものです。そして世界は無限ですから、探求は永遠に続きます。
これは、真学校を1ヶ月間どのように過ごすのかという姿勢の話です。あなたの中に新しい情報をどれだけ入れるのか。そしてそれをどれだけこなせるか。有害なものはひとつもありません。しかしそこで自分の中に入れるものを自分で選別するようでは、大事なものがすっぽりと抜けた骨抜きの情報の寄せ集めになるかもしれません。1ヶ月後にどれだけのものをあなたが得ているのかは、皆さん自身にかかっているのです。
そして、その得たものを元にそれから先の人生を生きていくことになります。それをくり返しながら人生が完成されていくのです。新たに得る情報というのは、自分が知らないものですね。ですから、わからないことでもまず取り入れてみることです。その全てをマスターすることはできなくても、まずは取り入れてみて、そして残るものを自分のものとしていけばいいのです。

その時に、これを取り入れたらいいことがあるのだと御利益を求めるようなことでは、何かのセミナーを受けて良い人生になりますようにと願うのと同じで、まやかしです。何を持って良い人生とするかは、人によって違います。今僕は、生きるということ、そしてその中で出来事に出会う時の基本の姿勢についてお話ししていますが、それは一人ひとりみんな違います。皆さんはこれまで、一人ひとり違う人生を歩んできました。これからも違うことでしょう。そこで最も気を付けなければいけないのは、自分は先入観を持っていて、その色眼鏡でものごとを見てはいないかということです。
もしもそうであるなら、あなたはあなたの色を付けてものごとを見ていることになり、真実を自分の中に取り込むことはできません。逆に言うと、その先入観で彩られた認識が、あなたにとっての真実になります。ですから、真実は人の数だけあることになります。しかし先入観を外してその情報に出会えるならば、今あなたが必要とする情報があなたにもっともふさわしい形であなたの内に残ることでしょう。そして内に残ったものこそが、誰にとっても共通するこの世界の真実なのです。

カタカムナを生きる

カタカムナの世界観を学ぶにあたり、まずは冒頭のお話をしました。これから3時間の講座が始まりますが、人によってはさっぱりわからない時間を過ごすことになります。最初は頭が痛くなることもあるでしょう。それでも付き合っていくと、何かが感じられるようになるかもしれません。それが大事なのです。
現代人は前頭葉で思考を回し、いわゆる大脳思考でものごとを解釈しますが、カタカムナ人は脳の中心にある松果体という部分を震わせて、この世界の真実を直観で受け取っていたと言われています。その時に、思考は回しません。会話も、今のように文章にするのではなく、単音に近い形でやり取りをしていました。そして群れて、直観のセンサーを働かせながら、生き残ってきたのです。ですから、生命観がとても強い。豊かに生きるにはどうしたらいいかなどと、大学の講義のように考えることはなかったのです。
これから八鏡文字について学んでいきますが、これは楢崎皐月さんが解析したもので、カタカムナ人は誰もこんな講義を受けて学んだりはしていませんでした。現代人はそれを教科書にして勉強会を開催したりしていますが、それでは結局、現代人の思考回路で知識的に学んでいるに過ぎません。

みかこ:
この文字の成立自体が、カタカムナ文明が栄えていた13000年前からずっと後の約8000年前だろうと言われています。後の世の人々が体系化したんですね。

いさどん:
木の花ファミリーでも、カタカムナに出会ってから2年間は毎月勉強会を開催していましたが、僕はある時、もうこれ以上は必要ないと思いました。間違いの方向に進み出したと思ったからです。カタカムナ人は勉強をするのではなく、毎日の生活の中でそれを表現していました。いくら知識としての勉強を重ねても、人間性を高め、その知識が人生に反映されることにはならないのです。
僕がその2年間で気付いたことは、「カタカムナを学ぶ」のではなく「カタカムナを生きる」ということでした。そしてカタカムナを探求すればするほど、私たちが今までコミュニティとして目指し表してきたここの生活が、カタカムナを表現しているのだと思いました。ですから私たちは勉強会を開催するのではなく、それを生きて、そして生活の中で表現することでもっとわかりやすく皆さんに伝えていくことができると思ったのです。カタカムナは宗教のように御利益を求めるものでも、学問のように知識として学ぶものでもなく、実際にそれを生きることで、自らの人間性に反映させていくものなのです。

それは理想論ですか?

いさどん:
人間は、まず自分自身の個性という認識の色がついています。そしてその色を通してものごとを解釈しています。そこでちょっと自分の外に出てみましょう。そして自分はどんな色を持っているのか、どんな心のクセを持っているのかを客観的に見てみましょう。そうでなければ、いつまでも自分の色やクセを通して世界を見ることになります。

としみちゃん:
聞いていて、胸に突き刺さります。さっき、男女が聖なる交わりをすることで素晴らしい子どもが生まれると言いましたよね。私は小さなころから性に対して嫌悪感があるんですけど・・・

いさどん:
今、「小さなころから」と言いましたけど、それはいつのことですか?小さな子どもの時から性的なことに関わってきたということですか?

としみちゃん:
小さいと言っても中学生くらいの時です。

いさどん:
それは正確に言わなければいけませんよ。「小さな」というと2、3歳の子どものようですが、中学生となれば、多くは自身の体験が元となってイメージを持つようになっています。中には何も体験していないのにネガティブなイメージを持つ人もいますが、それはもともと自らの中にネガティブな種があるということです。それがその人の色ですね。

としみちゃん:
その、聖なる行為で素晴らしい子どもが生まれてくるというのが、そうなったらいいなとは思うけれど、きれいごとというか、理想論に聞こえてしまうんですけど・・・

いさどん:
その「理想論に聞こえる」というのは、あなたの考えではないですか?そのあなたの考えで、「これは理想論なのだ」と断定しますか?あなたは今までも、そうやって自分の考えでものごとを断定しながら生きてきましたね。
「素晴らしい人」というのはどこから生まれてくるのでしょう。お釈迦様もキリストも、性の営みから生まれてきたのですよ。
人は自然を見て、美しいと言いますね。その自然も、性の営みによって生まれています。植物にも雄しべと雌しべがあり、それが交わることによって次の世代につながるのです。それはきれいごとでしょうか。

としみちゃん:
うーん・・・人はそういう考えでは行為をしていないんじゃないかなって思うんです。それは自分の考えですけど。

いさどん:
実際そうですよ。では、みんなに聞いてみましょう。交わることを神聖な行為として受け止めている人はいますか?
(2名が手を挙げる。)
では、実際に自分はそれを神聖なものとして行っている、という人はいますか?
(誰も手を上げない。)

「世界観を広げよう」の講座で、この世界は間違いから生まれているということを伝えましたね。そして、今の時代は混乱のピークにあることをお話ししました。その混乱の一番の原因は、性の間違いから来ています。性の間違いが正されると、この世界はすべてが美しくなります。
カタカムナは、表では宇宙物理を説いています。表は陽の世界です。しかしその元は、陽を支える陰の世界にあります。陰とは、霊です。見えない世界です。その見えない世界が先にあり、それが元となり、この世界が表現されているのです。「健全なる肉体に健全なる精神が宿る」と言いますが、真実は「健全なる精神に健全なる肉体が宿る」のです。
性の話も同じです。健全なるセックスに、健全なる子が宿ります。それでもあなたは疑いますか?

としみちゃん:
言葉ではわかるんですけど、心の中は「う~ん」という感じです。

正直に自分の想いを出すことで皆に学びを提供しているとしみちゃん
正直に自分の想いを出すことで皆に学びを提供しているとしみちゃん

いさどん:
あなたのその状態に付き合っていると時間はかかるし、面倒ですね。結局は、あなたがあなたの色をどうするかです。1ヶ月間どんなに勉強したとしても、自分の中の固定概念をとらない限り、あなたはいつまでも同じ位置にいることになります。そこを超えて、自らをフリーにして受け取ろうという姿勢になった時に、あなたは新たな世界を生きることになるのです。そこでいつまでも「う~ん」と疑っていると、相変わらず同じ人生を生きることになります。その決断をどうするのかは僕の範疇ではありません。それはあなたの意志の範疇であり、皆さん一人ひとりの意志の範疇です。

地球は円ではなく、球

いさどん:
自分の中に「これが絶対だ」というものを持っている人は進歩しません。宇宙は常に瞬間瞬間変化変容をくり返しながら、常に先へ先へと、未知なる未来へ進み続けているのですよ。

みかこ:
カタカムナはこの世界の成り立ちを表すもので、それはとてつもなく広いものです。例えば地球をいろんな側面から立体的に見たら球だけど、一カ所だけから見たら円に見えるよね。その時に、いくら地球は球なんですよと説明をしても、「私からは円にしか見えないからそれはおかしい」というようでは、そこで話は終わってしまう。そこで地球が円にしか見えないのは、自分の立ち位置が固定されていて、そこからしか見ていないからなんだよ。

いさどん:
地球は球ですが、それを紙という二次元の上で表せば円になります。現代の私たちの思考は、二元的発想に囚われています。八鏡文字は宇宙の成り立ちを二元で表していますが、これは実際は、球なんです。

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このボールは、ここで作ったものです。これは宇宙の成り立ちの仕組みを立体で表していますが、これを二元で表現すると八鏡文字のような図になります。それが間違いの始まりです。立体のものを二元に置き換えて、伝わるわけがないのです。
もっとも、このボールも単なる球体の模型です。最終的には、「この世界はこうなっているんだ」ということを自分自身の中で描ける人にならなければ、いくら僕が語ったところで「でも私から見ると円だ」と言い続けることになるのです。
それでは進化しません。宇宙を生きるとは、常に無の状態で新たな認識へと自らをいざなっていくことです。少しでもカタカムナが理解できると、それを糸口として、だんだんその意味がわかってきます。

めぐちゃん:
昨日、カタカムナの講座を受けるにあたり、自分自身の認識について考えていました。さっき、現代人は大脳思考という話がありましたけど、大脳思考の人間が発している言葉というのは音の一音一音が粒子的で、いろんな種類の粒子の組み合わせでひとつの意味を持っている。でもこの宇宙の物質には粒子性と波動性の両方があり、カタカムナ的解釈のできる人々は、粒子性と同時に波動性を認識する能力を持っている。この世界にはいろんな波動の発生源があって、その波が互いに相互作用して波模様として表現されているけれど、そういった波動的なものが現代人にはなかなか認識できないんじゃないかと思うんです。でも木の花ファミリーでは各メンバーの人たちがそれぞれ個性的な波動の発生源になっていて、そこから発される波模様が干渉しあって調和的な波紋をつくり、発生源の位置や強さによって波模様が常に変化している。昔、直観を主体として生きていたカタカムナの人々は、そういった感覚を持っていたのかな、と思いました。

元光学エンジニアならではの見地から解析をするめぐちゃん
物理畑出身ならではの見地から解析をするめぐちゃん

いさどん:
そうです。今めぐちゃんが話したことというのは、日常話される会話からするとちんぷんかんぷんでしょう?通常、今のような会話は生活の中ではあまり語られない話です。彼女は物理学を勉強してきたから、その切り口から話をしていました。それが人それぞれのこの世界を測る尺度なんです。
僕はカタカムナを学んできたから彼女の言うことはわかりますが、物理学を学ばずにカタカムナに出会った人は、そのような切り口から解釈することはできません。同時に、物理学の切り口からカタカムナを見るとある段階までは理解できますが、その切り口からだけでは限界があるのです。ですからそこに囚われると、その解釈では行き詰まることとなります。
めぐちゃんは物理学の切り口から世界の成り立ちを解析し、成り立ちの関係性を解析し、それが人と人との関係の中にもあるのだということを語りましたね。

めぐちゃん:
私も大脳的思考じゃなく、松果体的思考の大切さを感じています。

いさどん:
だからあなたはここに出会い、共鳴したのでしょう。生きるとはそういったことの連続です。僕は初めてカタカムナに出会った時に、これは今まで我々が生きてきた生き方を物理的に立証するものだということを直観で感じました。
直観の大切さを、我々はカタカムナから学んだわけではありません。もともとここにあった生き方の中でそのことを理解してきて、そしてカタカムナに出会い、同じことを言っているね、となっただけなのです。それは何かを学んで解釈したものをやってきた結果ではなく、まったく無色の状態で未知の道を歩んできた結果出会い、今の状態に至ったのです。そういった人の解釈を超えたところでの出会いは、とても大事なものです。
これを切り口として新たな時代の可能性は広がっていきますから、これが絶対だというわけではありません。今はまだ2000年代が始まったばかりで、3000年に向かってこれから1000年をかけてこの流れが仕上がっていくのですから、今はまだ始まったばかりです。

さて、それでは休憩に入りましょう。その前に何か質問はありますか?あっこちゃんはどう?

あっこちゃん:
まだよくわからないです。

いさどん:
大丈夫だよ。ずっとわからないから。(みんな:笑)。

あっこちゃん:
具体的にはならないんですか?

いさどん:
具体的になりますよ。ただ、なるまで我慢できるかどうかです(笑)。

あっこちゃん:
じゃあ我慢します。(みんな:笑)

我慢して聞き続けてみよう
我慢して聞き続けてみよう

いさどん:
今日の6時間で理解できるかどうかは、皆さん次第です。これまで積み重ねてきた心のクセが多ければ多いほど、難しいかもしれません。